ニッターさんの暮らし「編みもの作家さん -112さん」
毛糸といえばウールやアルパカなど、ふわふわと暖かそうな「寒い季節だけのもの」、というイメージを持たれている方が多い編み物。
しかし、実際には様々な素材の糸が存在しており、その季節に合う素材に変えて編んだり、編む作品を変えたりして、一年を通して暮らしの中にしっくりと馴染む素敵な作品作りが楽しめます。
今回は、一年を通して編み物を楽しみながら、使い心地の良い素敵なデザインの作品を作っていらっしゃる、編み物作家の「112(いちじゅうに)さん」にお話を伺いました。
112さんは京都出身。社会人になってからは転勤を繰り返す生活で、長野、三重、愛知と、様々な土地での生活を経て、現在は東京在住。3DCGアーティストである旦那様との2人暮らしをされています。
「1月から12月まで年中編み物を楽しむ」をコンセプトに、季節問わず好きなものを編まれているそうです。
日々の暮らしの中に、自然に溶け込む編み物時間
毎日の生活の中で、編み物をしている時間が多いという112さん。
編み物に熱中しすぎて腱鞘炎になり、日常生活に支障が出てしまった経験があることから、現在は工夫をしながら編み続けているそう。
112さん:
「家のことは適度にしつつ、それ以外の時間を全て編み物の時間に当てています。
夫も在宅で仕事をしていて、お互い黙々とデスクに向かっているので、声を掛け合いつつ日々を過ごしていますね。
生活リズムは日によりばらつきがあるのですが、外に出る予定がある日はそれに合わせて時間管理をしますよ。」
「作業や仕事の進み具合に合わせて過ごすので、どうしても夜型になりがちです。
起きて、ご飯をたべて、ちょっと家事をして、あとは編み物。
食事の時間になったら料理して、あとは編み物。寝る前も編み物。
というように、編み物以外の趣味ややりたいことがあまりないので、1日の大半が編み物時間です。
ほぼ毎日編み物をしていますね。(笑)」
「熱中しすぎてしまうタイプなので、数年前に編み物のしすぎによって腱鞘炎になり、日常生活に支障が出たことがあるんです。
それ以降は定期的に休憩をしたりPCの作業を間に挟むなど、気をつけて編み物をするようになりました。
ペン持ちとナイフ持ちの両使いで、休みつつ編み続ける技を身につけましたよ。」
「編み物の途中で休憩をする時のお気に入りは、とうきび茶。
北海道へ旅行した時に買ったのですが、おいしくてお気に入りのお茶になりました。
その後、近所のスーパーでも売ってることに気づいて以来愛飲しているんです。
ゆっくり休める気がして、私の休憩時間の定番になりました。」
自分を表現できるライフワークとしての編み物
幼少期から手作りすることが身近なものだったという112さんは、美術大学に入学し様々な経験をしてきたと言います。
その経験が自身の表現方法としてライフワークになっていったのだそう。
112さん:
「母が編み物を始めパッチワークなど手作り関連の趣味が多く、幼少期から手作りするということがとても身近なことでした。
何か作りたいと言えば道具も材料ももらえるし、教えてもらえる状態でしたね。
本格的に編み物をし始めたのは2020年の冬頃。結婚を機に仕事をやめて東京に移り住みました。
家にいることが多くなり、冬限定の趣味として楽しんでいた編み物をなんとなく始めたのがきっかけです。」
「112として活動を始めたのは2021年春頃。ポシェットやビスチェなどを制作し販売を始めました。
また当初からインスタグラムでコツコツ発信をしていたので、以降雑誌掲載のお声がけやPOPUPのお誘いなどをいただくようになり、私自身の制作のモチベーションが上がりましたね。
元々は地元・京都の美術大学に通ってコンセプチュアルアート(※)の分野で作品制作をしていたんです。」
※コンセプチュアルアート=作品にこめたコンセプトを重視する芸術表現。表現方法は様々で平面、立体、空間演出、デジタルなど多岐に渡る。
「卒業後はアパレルで販売員をしながらコンペティションやアートイベントなどへ出展、ギャラリーでグループ展や個展などをした経験があります。
自分の気持ちなどを言葉で話したりするのが得意ではないので、自分の手から生まれるもので表現をするのがライフワークになっていますね。
衣食住を忘れて制作に熱中する気質なので、その性格が今の編み物生活につながっている気がします。」
お気に入りに囲まれた、編み物を楽しめる居心地の良い場所
普段編み物をする場所は、シンプルで使いやすい空間。
大好きな毛糸や可愛らしい文具、好きな色の家具に囲まれて気兼ねなく編み物が編める、居心地の良い空間だと言います。
112さん:
「基本的にデスクで編み物をします。うまく収納ができず道具は基本出しっぱなし、もしくは端に固めるということしかできていませんが居心地の良い空間です。
デスクに置いてある文具で最近のお気に入りは、消しゴムのゴミを回収してくれるハムスター。可愛くて癒されるんですよね。」
「それから、我が家の収納は基本スチールラックを使用しているんです。
どの部屋にも置けるように、専用の棚をなるべく買わないようにしていて、気分を高めるために色ものを選んでいます。
私の毛糸置き場に使っているのは緑。
個人的に好きな緑なのでお気に入りですが、毛糸たちと相まってごちゃごちゃ感が増しておもちゃ箱のように見えてきますね。(笑)」
「編みかけや編む予定のあるものなどの優先度が高いものはすぐに手に取れるボックスにいれています。
整頓しても毛糸がどんどん増えてしまうんですよね。
編むよりも増える方が圧倒的に多く、嬉しい困りごとですが、新しい毛糸を見るとアイデアが湧くので増やすことは止められません。
おしゃれに飾っておきたいと思いつつも、種類別に収納ケースに入れてとりあえず積み重ねています。(笑)」
「よく針をなくしてしまい、その度必死な捜索をして難を逃れてきました。その癖をなんとか改善したくてこの針山を作りました。
デンマークの毛糸メーカーhobbiiの糸を使用して編んだもので、お気に入りということもあり、針をしっかり管理できるようになりましたよ。
一般的な針山より大きいのですが手のひらサイズで可愛いのでOKです。
夏のお昼寝にぴったりなクロシェ編みのブランケットは、クーラーが効いてる部屋で使うのにちょうどよく何年も愛用しています。」
「衣・食・住」のように毎日の暮らしに欠かせないもの
糸の探し方が昔と変わったという112さん。作品制作する際の糸の配色の考え方には、独自の考え方があるのだとか。
毛糸を見ている時の112さんの感覚には、素敵な感性が感じられます。
112さん:
「生活の一部です。食事をしたり寝たりするのと同じような感覚です。
1日予定があって出かけた時には帰宅してすぐ針と糸を触りたくなるくらいなのでちょっと中毒かもしれません。(笑)
珍しい毛糸はPOPUPやイベントなどで直接見て触ってチェックをしますが、通販で購入する方がほとんどです。
昔は『どれを編みたいか』で毛糸を探すことが多かったですね。
今は『どれを着たいか』で探すようになり、ファッションを選ぶような感覚で毛糸を見ていることに気づきました。」
「お店で見るときは、美術館やギャラリーで作品を見るときの感覚に近いです。
ずらっと並んでいたりするといつまでも眺めていたくなりますね。
シンプルなものも一癖あるものも、どちらも好きなので場合によりますが、色選びにはとてもこだわります。
一癖つけたい場合には「感覚的にピタッとはまる配色」と「気持ち悪い配色」の間の「気持ち悪くなるちょっと手前」になるように引き算をしながら色を決めていますね。
負けず嫌いな性格もあり、「苦手な色や難しそうな色をいかに使いこなすか」を考えて、自分好みに寄せることに燃えることもありますよ。(笑)」
糸の素材感、色合い、肌触りをじっくり楽しみながら、素敵な編み地が生まれていく楽しさ
編み地や糸の肌触りも楽しみながら、じっくりと編み物を編んでいるという112さん。
最後に、最近購入した糸と、どんな作品を編んでいるのかを伺いました。
112さん:
「最近購入した糸は、Wool DreamersのManchelopisと、[hus:]のsoft ソフトです。
Wool DreamersのManchelopisは、羊の匂いのする大事にしたくなる糸なんです。
甘捻りなのでかぎ針には不向きかと思って懸念していたのですが、だからこそ編んでみよう!という気持ちになり購入しました。
112として活動を始めて初めて編んだベストがとても思い出に残っているので、同じような配色でデザインを着やすくアップデートさせたものを編む予定です。」
「もう一つは、[hus:]のsoft ソフトです。以前編んだ際にその柔らかさに惚れてブルーグレーをまとめて購入しました。
優しい肌触りの素材感と、色の落ち着き具合に魅了されてしまいましたね。
soft ソフトならではの素材感を楽しめる、ちょっと癖ありのカーディガンを編む予定です。」
「今編んでいるのは、かぎ針と棒針の両方を使ったオリジナルのニットチュニックです。
編みながらモチーフ編みの愛おしさ、棒針編みのしなやかな安心感、両方を体感しながら編み進めています。
ピンクって可愛くなりがちなのですが、このピンク「あずき」にはブルーのネップも入っているのでカジュアルな雰囲気にしてくれてお気に入りです。
作家さんのキットもよく編みますね。編み地から作家さんとコミュニケーションをとっているような気分になっていつもワクワクしながら編んでいます。」
「毛糸からインスピレーションをもらって編み始めた模様編みのウエアも編んでいます。
杏仁豆腐の上に乗ってる赤い実「ゴジベリー」が生えているところをイメージして編み地にしてみました。
編み途中の毛糸を見て感じるのは「かわいい」という気持ち一択です。
編む前の毛糸は、規則正しく巻かれているのですが、編んでいくことでまた違った編み地が生まれるのが楽しいんですよね。」
(おわり)